アーツ千代田 3331特別企画展で幾度となく展示されてきた「神田明神祭礼図巻」には、現代の祭では登場しない「附祭(つけまつり)」が描かれている。現代の祭と言えば、威勢の良い御神輿を担ぐ氏子たちの姿が思い浮かぶが、かつて江戸のまちを彩った祭では、町民達の創意工夫の結晶である「附祭」も大きな特徴と言える。
附祭の仮装では、時事の出来事やおとぎ話の世界を再現していたようだ。大変興味深いのは、江戸時代の人達の仮装には、頭に魚を乗せて魚になる、「犬」と書かれた幟を下げて犬になったつもりになるなど、さまざまな工夫と苦肉の策が散りばめられている点だ。役柄になりきる様など、かなりふざけた内容に見えるものも多い。現代の私たちでさえ、図巻に描かれたその工夫と表現にワクワクするのだから、当時の町民達は目の前を通り過ぎる行列を見て、大いに歓喜し楽しんでいたに違いないと思う。
見る側のワクワク感は、図巻を見ることで‘鑑賞者の視点’に立ち、その気持ちを味わうことで追体験できることもあろうかと思う。しかし、仮装する側の気持ちはどうなのだろうか。
こつこつと小物や小道具を作り、町で引き回す山車をこしらえ、楽しみにしている町の人たちの期待に応えるべく出発していく。その気持ちとはいかなるものか。
2015年の特別企画展でも展示監修を引き受けてくださった木下直之氏(当時:東京大学教授)は、ご自身が参加する文化資源学会で2007年より附祭の再現を試みていた。
*取り組みの詳細はこちらでご覧いただけます。
http://bunkashigen.jp/kanda/index.html
附祭の再現では、大きな山車と共に練り歩く群衆役も行列を盛り上げるための大切な役割を担っている。前回2013年には、当館の統括ディレクター中村政人はじめ3331スタッフ数名が参加し、中央区立有馬小学校辺りから神田明神まで歩ききった。
しかし、この附祭体験は、文化資源学会の附祭のみが神田明神に認められており、望んでも簡単に参加出来るものではない。そこで、2015年は文化資源学会の参加枠を特別に頂き、行列に参加出来る貴重なワークショップを実施した。
祭本番に向けて、事前に附祭の歴史を学ぶ座学と自分が当日被る花笠作りを行い、衣装の着方なども教わり、いよいよ当日を迎えた。
文化資源学会会員の方々が、花笠作りを丁寧に指南して下さった。
できあがった花笠を被って、ワークショップ会場からギャラリー内へ移動し、図巻を鑑賞しながら自分達が附祭の一員になる心構えをつくっていった。
一見シュールな光景に見えてしまうが、参加者は監修・木下氏の熱のこもった話に聞き入り、本番への準備を整えた。
*本番当日の様子は、文化資源学会のウェブサイトでご覧頂けます。
http://bunkashigen.jp/kanda/index.html
総勢100名近い附祭の一行は、神田明神近くのビル内でさまざまな役柄に分かれて着替え、境内でお祓いを受けてから、朝に神田明神を出発した神幸祭に合流するため中央区へ移動する。
現地集合ということで、衣装で身を固めた面々もそのまま電車移動。
半纏姿で花笠を被ったままの数名が電車に乗り込む。「お祭ですから…」と周りに気遣いながらも、この地域の文化のど真ん中にいる誇らしさも不思議と湧いてくる。
集合地点から神幸祭に合流し、神田明神を目指す。道中、途中で雨が降り出したり、進みが早くなったり遅くなったり、かけ声を揃えたり、様々な事があった。中でも一番の盛り上がりは、合流地点から歩き始めてすぐに現れる三越前。道幅が広く、沿道に視界を遮るものがないので、人々が鈴なりに立ち、手を振ってくれる。警察が誘導する中、信号が変わるたびに歩いては、立ち止まり。立ち止まっては、大きな声を出してみんなで動きを合わせてみたり。沿道の人達がとても楽しそうに手を振ってくれると、なぜかこちらもその気になってしまう。
江戸時代の図巻には、附祭と附祭の間に簡易な移動式の舞台と、音楽をつける囃子方を引き連れる底抜け屋台が描かれている。行列が立ち止まった場所では、短時間ながら舞台演目が披露されていたらしい。誰かが「附祭は現代世界ではディズニーのエレクトリカルパレードのようであったのではないか」と言っていた。町中に行列が通る場所には桟敷席を用意して、得意客を招待する商店もあったくらいだ、と言われている。
そんな附祭が、町の持ち回りによって神田祭で披露されていたというから、当時の町の創造力の高さは計り知れない。大きな作り物も、揃いの衣装も、町全体で考えてお金を出して作られていた。
私たちが暮らす東京の文化は、江戸から明治、そして戦後と繰り返される社会の大きな変革を経て受け継がれてきた。かつてあった附祭は、一変してしまった。しかし、かたちは変わっても、その追体験により現代の私たちにもたらされた不思議な一体感と達成感は、当時の人々が感じたものと同じなのではないだろうか。
担当:宍戸 遊美